今回から「染む」について万葉集を見ていきます。
万葉集では「染める」という意味の「染む」とその名詞形などが出てくる和歌は20首余りあります。
当時,朝鮮半島などから高度な染色技術が次々導入され,また国内でも染色技術が高度化していったと私は思います。その結果,万葉時代の都人が着る衣服がどんどんカラフルになっていったのだろうと想像できます。
これら20首余りの和歌には,染める色が何種類か出てきます。紅(くれない),紫(むらさき),藤(ふじ)色,桃(もも)色,浅緑(あさみどり),黄(き)色などです。
その中でも紅が一番多く,好んで詠まれていたようです。
紅とはベニバナから取れる染料で染めた色を指し,当時はベニバナで紅に染めた衣服を身につけることがもっともファッショナブルだったのかもしれません。
人々は色に対する感性が洗練され,次の短歌のように紅の染め色の濃さ,薄さまでもファッションの一要素だったようです。
紅の濃染めの衣を下に着ば人の見らくににほひ出でむかも(11-2828)
<くれなゐの こそめのきぬを したにきば ひとのみらくに にほひいでむかも>
<<色濃く染めた紅の衣を下着として着たが、他人が見て紅色が透けて見えはしないだろうか>>
この詠み人知らずの短歌は,相手に対する気持ちの強さを紅の染め色の濃さに譬えています。他人に気づかれないように相手への思いを隠そうとするが,濃く染めた下着の色が上着から透けて見えそうになるように,表に出て気づかれてしまうかもしれない。相手に対して,恋する思いがそれほど強いことを伝えようとしている短歌だと私は思います。
紅の薄染め衣浅らかに相見し人に恋ふるころかも (12-2966)
<くれなゐの うすそめころも あさらかに あひみしひとに こふるころかも>
<<これまで薄く染めた紅の衣のようにそれほどあなたを意識せず見ていたのですが,今はあなたに恋してしまったようです>>
これも詠み人知らずの短歌ですが,最初の短歌に比べて分かりやすい内容かもしれません。ただ,ぱっと見気づかないけれどよく見ると紅の染色が薄く施されているような繊細な染色技術が当時すでに確立されていたことがこの短歌から見て取れます。この2首からは,恋する気持ちを詠んでいるようですが,最新ファッションを着ている自分を自慢しているようにも思えます。
<最新半導体工場の見学談>
さて,数年前私は仕事の関係で当時最新の半導体工場の内部見学が許されるという貴重な機会を得ました。
半導体とはコンピュータなど電子機器の制御をするマイクロコンピュータやUSBメモリなどのデジタルデータの記憶装置に使われる素子です。非常に精密な半導体の製造(1ミリの十万分の一の精度で加工が必要)は,高レベルのクリーンな空気の中で行う必要があります。まさに「塵ひとつない」との例えのような空気清浄を高度に施した環境(クリーンルーム)です。
塵の大きさは1ミリの十万分の一の大きさよりもずっと大きく,そんな塵が邪魔をするようでは精密な加工は到底できないわけです。見学のとき,私は特殊な防塵服と手袋を身にまとい,エアー洗浄を受けて中に入りました。花粉症の私にとっては中は結構快適な環境に思えましたが,空気以外にも特殊な作業環境があり,そこで作業をする人たちにとってはいろいろ苦労があるようです。
たとえば,ある製造工程では紫外線の影響を完全に排除する必要があり,紫外線を一切出さない照明の下で作業します。人は紫外線をまったく浴びないと気分が高揚しなくなる傾向があるようで,作業者の健康管理に気を使う必要があるとのことでした。
紫外線は目に見えない色(?)ですが,それでも人に影響があるくらいですから,目に見える衣の色での濃い・薄いの差が,敏感な人に与える影響は決して少なくないのかもしれませんね。
染む(2)に続く。
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