万葉集で「頼む」の特徴的なもう一つの用例として「我れを頼む」「我れは頼む」「我れも頼む」という表現に着目してみましょう。
この表現,自分が何かに期待する(していた)という気持ちを表すときに使われているようです。その例をいくつか示します。
かくのみにありけるものを妹も我れも千年のごとく頼みたりけり(3-470)
<かくのみに ありけるものを いももあれも ちとせのごとく たのみたりけり>
<<このように人の命は果敢ないものであったのに、貴女も私も千年も生きられると思っていた>>
言のみを後も逢はむとねもころに我れを頼めて逢はざらむかも(4-740)
<ことのみを のちもあはむと ねもころに われをたのめて あはざらむかも>
<<言葉だけ「いつか逢おうとね」と優しく言って私を期待させて,結局逢ってはくれないのではないですか>>
百千たび恋ふと言ふとも諸弟らが練りのことばは我れは頼まじ(4-774)
<ももちたび こふといふとも もろとらが ねりのことばは われはたのまじ>
<<「恋い慕っている」と口伝えした使者たちのうまい言葉を何度もらっても,もうぼくは信じられない>>
天雲のたゆたひやすき心あらば我れをな頼めそ待たば苦しも(12-3031)
<あまくもの たゆたひやすき こころあらば われをなたのめそ またばくるしも>
<<天の雲のように変わりやすい心をお持ちならばその気になるようなことは言わないで。期待して待つのは苦しいばかりです>>
遠江引佐細江のみをつくし我れを頼めてあさましものを(14-3429)
<とほつあふみ いなさほそえの みをつくし あれをたのめて あさましものを>
<<浜名湖近辺引佐細江の澪標(みおつくし)みたいに、私にあなたとの恋路があるように期待を持たせておきながら、でも、あなたは全然その気はなかった>>
これら「我れ☆頼む」などを使った短歌は,信頼していた相手が亡くなったり,相手の気持ちが分からなくなった(ミスマッチが発生した)気持ちを端的に表しているように私は思います。
すなわち,ずっと変わらずにいてほしい愛おしい相手の存在,気持ち,行動に対する信頼が揺らいだ。そして,今風の演歌歌詞にでも出てきそうな一種の「怨みことば」にも似た感情表現として「我れを頼む」などが使われたのかもしれません。
万葉集には,古いと感じさせない時代の違いを超えた人間共通の感情の表現がそこここにありそうな気がします。今後もある種の共通した「ことば使い」を通してそれを発見する楽しさをみなさんと共有できればと考えています。
「頼む(3:まとめ)」に続く。
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