今回から,動詞「頼(たの)む」について触れてみたいと思います。
万葉集では「頼む」という言葉が意外と多くの和歌(30首以上)で出てきます。
その中でも「大船の思ひ頼む」または「大船の頼める時に」という決まり文句のような使われ方が併せて12首の和歌(長歌10首,短歌2首)に出てくるのです。
この用例は,万葉集では相聞,挽歌の両方で使われています。
ちなみに,「大船の」は「頼む」にかかる枕詞との解釈が一般的のようです。
この「頼む」の意味は,現代の意味における「信じる」に近い意味ではないかと私は思います。たとえば「思ひ頼む」は,心の中で頼りにしたい神仏や相手を信じて願うという意味があるようです。
大船の 思ひ頼みて さな葛 いや遠長く 我が思へる 君によりては 言の故も なくありこそと 木綿たすき 肩に取り懸け 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 天地の 神にぞ我が祷む いたもすべなみ (13-3288)
<おほふねの おもひたのみて さなかづら いやとほながく あがおもへる きみによりては ことのゆゑも なくありこそと ゆふたすき かたにとりかけ いはひへを いはひほりすゑ あめつちの かみにぞわがのむ いたもすべなみ>
<<心から信頼し遠くからずっとお慕いしているあなたの所為(せい)で,私は忌み言葉も口にせず,たすきを肩にかけ,神聖な甕(かめ)を身を清めて土を掘って置き,必死に神に拝むしかすべはないのですよ>>
詠み人知らずのこの長歌(相聞歌)は女性の作と言われているようです。
この長歌を返すことになった男性の長歌は,次の通りです。
菅の根の 懇に 我が思へる 妹によりては 言の忌みも なくありこそと 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ 天地の 神をぞ我が祷む いたもすべなみ (13-3284)
<すがのねの ねもころごろに あがおもへる いもによりては ことのいみも なくありこそと いはひへを いはひほりすゑ たかたまを まなくぬきたれ あめつちの かみをぞわがのむ いたもすべなみ いもによりては きみにより きみがまにまに>
<<心から私が思っているあなたの所為(せい)で,私は忌み言葉も口にせず,神聖な甕(かめ)を身を清めて土を掘って置き,神事に用いる竹玉を間を空けずに緒に貫き垂らして,すべての神に拝むしかすべはないのですよ>>
下の男性の長歌を受け上の長歌を返した女性は,「思ひ頼みて」というほど,あなたの「懇に」に比べてもっと強い気持ちでいることを主張しているように感じます。
男女が熱愛関係に陥ると自分の方が愛しているのにあなたはそれほど愛していないのではないかという不安感が高まり,相手の気持ちを確かめずにはいられなくなるのかも知れません。
これは,愛する相手を一人占めにしたい,絶対離したくないという欲求によるもので,まさに相聞歌(相聞く歌)そのもので,相手の気持ちを確かめるためのものでしょう。
ストレートに相手の気持ちを聞くのではなく,自分の思いを伝え,「それであなたの方は?」という意味を言外に含ませる,恋の駆引き的なものが私には感じられますね。
天の川 「ちょっと待ってんか,たびとはん。 あんたは,そんな分かった風に言えるほど恋愛の経験なんか持ってへんのとちゃうか?」
え~っ。まあ,その点に関しましては~,早急に検討の上,可及的速やかに何らかの対応する所存でございます。「頼む(2)」に続く。
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