今回は,「伝ふ(傳ふ)」を万葉集からひも解いてみたいと考えています。
「伝ふ」は,現在では伝わる,伝える,伝うというようにその意味によって動詞の語尾が異なるようになっています。
すなわち,もともとの「伝ふ」は結構広い意味の言葉であったようです。
その意味は大きく「ある地点を辿りながら何かが移動する」,「人から人に言葉を言い伝える」の二つに分かれます。
前者の意味(移動)では,次のような用例が万葉集に出てきます。
天伝ふ(あまつたふ)…太陽や月が天空を移動していく。
木伝ふ(こづたふ)…鳥が木の枝から枝へ飛び移る。
島伝ふ(しまつたふ)…船が島から島へ移動する。
水伝ふ(みなつたふ)…船が水の上を沿って行く。
百伝ふ(ももつたふ)…磐余,八十の島廻に掛かる枕詞。次々多く移るからたくさん(八十)の島廻りを連想。
次の詠み人知らずの短歌では,この意味で単に「伝ふ」が出てきます。
春されば妻を求むと鴬の木末を伝ひ鳴きつつもとな(10-1826)
<はるされば つまをもとむと うぐひすの こぬれをつたひ なきつつもとな>
<<春になり妻を求めて鶯が梢(こずえ)を移動してしきりに鳴いているよ>>
この意味を基にした熟語(名詞)として今の国語辞典などには,遺伝,駅伝,星(せい)伝,逓(てい)伝,伝駅(でんえき),伝戸(でんこ),伝使,伝書鳩,伝染,伝線,伝送,伝導,伝動,伝搬(でんぱん),伝票,伝符(てんぷ),伝馬(てんま),伝馬船,郵(ゆう)伝などが出てきます。
いっぽう,後者の意味(言い伝える)では,次のような用例が万葉集に出てきます。
言ひ伝ふ(いひつたふ)…昔から人から人へ言い伝える。伝承する。
言伝つ(ことつつ)…ことづける。伝言する。
百伝ふ(ももつたふ)…磐余,八十の島廻に掛かる枕詞。昔から多くの人が伝えてきたという意味で「言はれ→磐余」を連想。
次の万葉集の長歌(海辺で行き倒れの人を見て詠んだ和歌)では,この意味で「言伝つ」が出てきます。
~鯨魚取り 海の浜辺に うらもなく 臥やせる人は 母父に 愛子にかあらむ 若草の 妻かありけむ 思ほしき 言伝てむやと 家問へば 家をも告らず 名を問へど 名だにも告らず~(13-3336:抜粋)
<~いさなとり うみのはまへに うらもなく こやせるひとは おもちちに まなごにかあらむ わかくさの つまかありけむ おもほしき ことつてむやと いへとへば いへをものらず なをとへど なだにものらず~>
<<~海岸に意識なく倒れている人は,その人の父母にとって最愛の子供であろうに。また,若草のような妻もいるだろう。思っていることを伝言してあげようと,家を聞いても答えない。また,名前を聞いても答えない。~>>
この意味を基にした熟語(名詞)として現代の国語辞典などには,家伝,皆伝,外伝,旧伝,虚伝,口(く)伝,経(けい)伝,喧(けん)伝,極(ごく)伝,古伝,誤伝,直(じき)伝,史伝,自伝,小伝,詳伝,承伝,初伝,所伝,世(せい)伝,正(せい)伝,宣伝,相伝,俗伝,単伝,嫡(ちゃく)伝,伝記,伝奇,伝承,伝説,伝達,伝道,伝播(でんぱ),伝聞(でんぶん),別伝,必伝,秘伝,謬(びょう)伝,評伝,風伝,武勇伝,銘銘伝,立志伝,略伝,流(る)伝,列伝などが出てきます。
今回は万葉集に出現する「伝ふ」の大きな二つの意味について考えてみました。次回は,現在の「伝ふ」を万葉時代の「伝ふ」と比較し,今の「伝ふ」の課題を浮き彫りにしてみたいと思います。
ところで,天の川君,今回の話,何となく伝わったかな?
天の川 「国語辞典なんかめったに使わへん。え~と,どこいったやろ。あっ,そや,この前資源ゴミに出してしもうたわ。」
「伝ふ」(2)に続く。
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